ミトコンドリア・イブに関する誤解

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面白そうなので調べてみた。結論から言うと、「パラサイト・イブ」を読んだことのある人なら誰でも一度は気になったであろう事柄、「全ての人類はたった一人の女性から始まった」というのは間違い。

  • ミトコンドリアは細胞が必要とするエネルギーを酸素から作り出す。
  • ミトコンドリアは細胞核とは別に個別のDNAを持つ (...が必要な情報の一部は核DNAに含まれている)
  • ミトコンドリアDNAは女性経由でしか遺伝しない。これは、一般的に精子由来のミトコンドリアDNAは受精前後に何らかの形で排除されるため。
  • ミトコンドリアDNAは染色体のように組換えを経ることがない(突然変異はありうる)

ミトコンドリア・イブとは「全人類の最も近い共通の女系祖先」。母方の家系を辿ると一人の女性にいきつく、てだけで「ミトコンドリア・イブ」から人類が始まったわけではない。ちゃんと同時期に他に女性はいて、私たちは彼女たちの子孫でもある。

たとえば子供が男性だけだと、その系統のミトコンドリアDNAは途絶える ...が、(ちゃんと子孫を残していれば)彼らもれっきとした人類の祖先である。人類はミトコンドリア・イブのミトコンドリアDNAを受け継いでいるが、たまたま現代の我々に受け継がれたミトコンドリアDNAが彼女のものだというだけで、彼女と同時代に生きた別の女性たちの遺伝子(核遺伝子)もちゃんといくらかは受け継いでいる。

さらに「ミトコンドリア・イブ」自体は最も近い母方の共通の祖先を示す言葉であるため、単一の女性を指す訳ではなく、時代とともに変遷する。解りやすく言えば、あともう数十万年ほど経過すれば我々と同世代の誰かがその時点でのミトコンドリア・イブである。現時点でのミトコンドリア・イブ自身には(女系を通して子孫に恵まれたという以外)実は何も特別な点はない

正しい主張は彼女が地上でただ一人の女性ということでもないし、その時期の人口があまり多くなかったということでもない。彼女には男の仲間も女の仲間もいて、彼らの数は多く、しかも多産だったかもしれない。さらに、この仲間たちには、今日生きている無数の子孫がいるかもしれない。だが、彼らのミトコンドリアの子孫はすべて死にはてている。なぜなら、それらをわれわれとつなぐ鎖はある時点で雄を素通りしてしまうからである。

(中略)

女系のみという道筋と平行して非常に膨大な道筋がありうるので、ミトコンドリアのイヴが多くのイブとアダムのなかで最も近い祖先である可能性は数学的にきわめて薄い。

リチャード・ドーキンス『遺伝子の川』

要するにミトコンドリア・イブは女系の共通の祖先であるけど、別に父系の祖先もいるし、男女とっぱらった遺伝子そのものの根っこはまたべつですよ、ということ。女系以外の系統はほかにもたくさんある。そのなかでミトコンドリアによる系統分析が比較的容易だった、というだけの話。

背景

この説は分子生物学者であるアラン・ウィルソン博士らのグループによって提唱され、無作為抽出した147人のミトコンドリアDNA(突然変異の確率を100万年に2%と推定したことによる)の塩基配列を解析した結果から、全人類の共通の祖先がアフリカにいたことを示唆する系統樹を作成したことによる。「ミトコンドリア・イブ」というのはマスコミが名付けた通称

博士自身、人類がたった一人の女性から始まったと言ってたわけではなく、最低でも数十~数百人規模のコロニーから始まったと見ている。世代を重ねて単一のミトコンドリアDNAを持つに至ったコロニーから各地に分散していったのではないか、というのが本来の説。最近ではミトコンドリア・イブを7人とする説もある。「ただ一人の女性」云々はセンセーショナルな誤解であり、実際には「アフリカ単一起源説を支持する学術的発見」という以上に大きな意味はない。

ま~この誤解を認めたところで、結果的にミトコンドリア・イブのミトコンドリアDNAが残ったのは偶然だか運命だかで色々とドラマチックな議論が展開される訳ですが、個人的には「アフリカ由来の人類がマンモス追って大陸移動」という話は非常に詩的で面白いと思うので、イチオシですよ。

memo: ちなみに父系の系統のみをたどることができるY染色体の分析もある (...が、Y染色体は組換/欠落が激しい)

memo: このほか人口の急激な減少によってもミトコンドリア・イブは限定されるため、アラン博士のミトコンドリア・イブが16±4万年前とすると、個人的に約13万~9万年前にあったという大干ばつとの関連を面白く思っている。

参照

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3 Comments

road wrote:
ども、お久しぶりです。前のブログやめてはてダ書くことにしたので、これからもよろしくお願いします。
ちなみに、すごくくだらないバグなのですが・・・。右上のUpdateにある最近のコメント、なぜか月が1月進んでます。UNIXの習慣で月だけは0~11で、、、とかが関係してたり? 2008–05–20 03:40
Sig. wrote:
いやあ、どもども。
実はフィード購読してたもんで、移転エントリ後、速攻でチェックしてましたよHAHAHA!
ちなみにバグに関して。Updateが進んでるというよりは、各エントリのコメントの日付が遅れてます。実は年明けからそうなのさ。何も変えてないのに不思議だね。軽く見たけど原因わからないので放置してたとこ。UNIXの習慣Thx! また見てみよう。

しかしココが直るより自前のblog作るほうが早いかもしれない(ぁ 2008–05–21 01:02
Sig. wrote:
バグ直したです。
単純にインクリメントする強引かつ暫定的な措置ですが、まあ年明けまでは持つでしょう。
与えてくれたきっかけにこそ感謝を! 2008–05–23 18:01